セッションってなに?
「セッションってなんだ?」

いきなり「青春ってなんだ?」みたいなノリで恐縮。

よくミュージシャンをはじめとするアーティストが複数人で何かを共同創造するときに「セッションする」という表現を使う。

似たような状況で使う言葉として「ジャムる」という表現もあるが、こちらはニュアンスとして、もっとラフでカジュアルな感じがある。

そう、ジャムとセッションのニュアンスの違いは、失敗の可能性や練習を兼ねることを前提にしているかそうではないかの違い。
言うまでもなく、失敗や練習を前提としないのがセッション。

だから、ジャムではない一発録りのレコーディングセッションなんかには、独特の緊張感がある。

ところでジャムセッションという言い方もあるけど、これはどっちだ?
※ジャムることを正式にはジャムセッションと言うそうだが、ちゃんとしたレコーディングセッションなどに比べて、ガチャガチャとラフな感じの、とりあえず試しに音出ししてみようかってセッションってこと。

とにかく、ヒーリングやボディワークなどではちゃんとするというニュアンスでセッションと言う言葉を使うわけだ。

※まったくの余談だが、IKEAのスウェーデン風ミートボールに掛かってる甘いラズベリージャムは初めて見たときには結構衝撃的で固定概念破壊系だが、意外にもミートボールとのマッチングはとても良くかなり旨い。
まあ、試しにやってみようというチャレンジングな感じで意外な発見が生まれてくる「ジャム」も使いようってことか(笑)


***

じゃあ「施術」と「セッション」は何が違うんだろう?

施術というと、どうしてもえらーい先生方からありがたく施していただくってニュアンスで、一緒に創造っていうプロセスとはほど遠い感じがするな。

まだ、「私がそなたの自己治癒能力を引き出してしんぜよう」ってスタンスなら、受ける側へのコール&レスポンス次第ってことだから一応「セッション」の体(てい)をなしているけど、「吾輩が治してやる故、汝はただ為すがまま吾輩の言ふ通りに従へ」(何故旧仮名遣ひ?)ってえのはやっぱ「施術」だわな。

外科医・大門未知子の「私、失敗しないので」っていうのは、まさに典型的な施術的姿勢だね。

**

で、わたくし島岬が提供しているのはあくまでもセッション。

「今まで築き上げた知識と技術と獲得した特殊能力で人を治してやろう」などとは考えたこともない。

如何に自分が関与しないギリギリのところで、セッションが成立させられないかずっとそればかり考えてる(マジで)

とかく世間の施術者やらヒーラーやらは、「私がやったんです」という印をつけたがる傾向にあるようだが、僕はまったくの真逆で「私は何もやってません」的に何も痕跡を残したくないとついつい思ってしまうのだ。
※それゆえ、僕個人としては笑えない状況になってしまったりしたのだが、そのネタは別のページで。

いやいや、そういう施術者とかヒーラーとかを批判したいとかじゃなくて、どうぞご自由にって思うんだけど、派手なパフォーマンスとか承認欲求全開のアピールとかは僕個人的にはやるのが恥ずかしいしダサいと思ってしまうんですよ。

(実は単なる映画スターではなく、本物の武道家であり哲学者でもあった)李小龍、つまりブルース・リーが、実用性よりも流派の型の独自性に走ってしまった他の中国拳法の手足の動かし方について評するところの”Fancy Movement”(ファンシームーブメント)。
そう、そういったパフォーマンスを僕がやると、単なる予定調和でしかないと思えてしまい、ただ顧客を魅惑させるためだけのものだと感じてしまって、実にシラけてしまう。


「今から、高次元の究極のパワーを注入しますね」みたいなエビデンス(科学的根拠)がまるで無いファンタジーな表現って、単なるプラシーボ効果というか催眠だと思ってしまうのよ。っていうか、新手の新興宗教みたいで…。

そんな表現でも信じられる人にはそれなりの効果はあるし、世の中にはスピリチュアル超初心者もまだまだ多いから、そういう素人さんたちが商売的には格好のターゲットになり得るということでそうしたい商業ヒーラーな人たちは勝手にファンシーに集客すりゃいいとは思うけどさ(笑)、僕はセッションを商業的にやりたいわけでもないし、もう21世紀も5分の1過ぎた今の時代、もうそんなファンタジーレベルではみんながみんな信じないと思うのよ。
僕を含め10数年〜30年以上、先駆的に精神世界とか代替医療とかやってきた人たちには特に。(実際、僕は今の形態に至るまでも30年以上ずっと追究してきたし)

いや、僕が提供してるのにもエビデンスがあるか?と問われると、いくら科学理論が好きだとは言っても、まだまだ証明されていない仮説ばかりを使っているから、科学的証明はできてない。それでも単なるファンタジーよりははるかに精密で科学的で検証ができる。それにパフォーマンスも特に要らないし。

まあ、仮説段階のものでも、実際に手段として使えてしまうのが量子力学を含めた最新理論のおもしろいところ。


***

そして何よりも、僕はまったく人を変えようとも治そうとも思っていない。

ただ、僕は人が変容したり治ったりしていくのを見たいだけ。

だけど、それで勝手にその通りになる方法を知ってるから、結果的に僕が変えたり治したりラジバンダリしてるみたいに思われるけど、治療的なことはまったくやってないし、伝達作業的なことをやってるだけ。

誰に伝達してるかって?

すべてのものを含む「宇宙」とその一部分である「セッション対象者」に。僕自身も「宇宙」の一部分ではあるけども。
※宇宙っていうと一気に胡散臭くなるけど、宗教的な意味とかスピリチュアルな意味ではなく、どちらかというと科学的な意味での、すべてを含んでいるこの時間空間・並行宇宙群を総括した大枠の宇宙のこと。

強いて言えば、スマホがバッテリー切れで地図アプリが見れなくなった迷子の子供(セッション対象者)の代わりに、保護者(宇宙・本人のハイヤーセルフ・超意識)を探して連絡してあげるようなイメージが一番近いかな?

連絡さえついたら、もう安心して行けるわけだから。



セッションとして何ができるかを上の例で喩えるなら、

1)スマホを充電してあげて、本人が地図アプリを使えるようにする
2)紙の地図を手渡してあげて、本人が目的地に行けるようにする
3)僕の電話を貸してあげて、本人が電話を掛けて保護者と連絡がつくようにする
4)交番に連れて行ってあげて、警察官の保護の元で本人の不安を取り去って保護者を待てるようにする
5)本当は何にも誰にも頼らず自力で目的地に行きたいと本人が思っている場合は、緊急時に連絡がつくように最低限の電話だけ用意してあげて、やる気を鼓舞して送り出すようにする

…みたいに、目的としては本人と目的地にいる保護者(宇宙)とが繋がることなわけだけど、手段はいろいろあるのがわかると思う。

それがセッションにいろんな種類がある理由。


「この子の代わりに保護者に連絡してあげたの僕なんですよ!」みたいな「してあげたこと」を強調するセッション提供側のアピールって、野暮でダサくない?って言いたくなる。実際大したことしてないんだから。

陰ながら手助けはするけど、セッション対象者本人こそが大したことができるようになるのを僕は見てみたい。


そんなスタンスでセッションを提供しているんですが、ガッテンしていただけましたでしょうか?(笑)

※セッションを受けるよりも、なんでそんなことができるのか知りたい人は、セミナー・ワークショップにCome and join us!


ええ、変人というか異端児なのは百も承知ですよ。

そう、それが島岬流。 ←ソロモン流みたいに言うな。