島岬(しまさき)の略歴

1969年

関西の或る片田舎で産声を挙げる。
 

1975年

小学校入学。歴代の担任の先生から「見たことないほど、ものすごく独創的で個性的な児童」だったと評される。
 
百科事典が大好きで知識が豊富だった反面、幼稚な部分も多くあり、興味がないことは徹底的にやる気にならず何も全くやらなかったので、友達にはよくからかわれた。
 
それでも、「なんでみんな同じことを同じペースで習わなきゃいけないのか。知りたいことは自分で追究する」という姿勢はかたくなに崩さず、宿題は意図的にやらなかった。
 
(以後、高校卒業まで一度も宿題をやらず、そのポリシーを貫くことになる)よって、教科は関係なく、しかも単元単位で興味の度合いが違うために、テストの点数がバラつき、先生からは「お前の得意な教科が何なのか全然想像がつかん」と言われる始末。
 
《LD(学習障害児)、のちにADHD(注意欠陥多動性障害)を疑われるが、最終的には"Gifted(ギフテッド)の低達成児"という性質だったことが判明》
 

1981年

中学の数学の授業中、突然「パラレルワールド(平行宇宙)」の存在を実感させられる体験をする。(←変なヤツ)
 
学力のアンバランスさは相変わらず。
 

1986年

高校3年のとき、大学受験の勉強もろくすっぽせずに、自説の「宇宙論のようなもの」の実験や思考実験を繰り返す。よって、大学を落ちる(笑)。
 

1987年

大学浪人中、大脳生理学者ジョン・C・リリー博士の発明した「アイソレーションタンク」の存在を知り、この装置で自説の証明が可能になると独り興奮する(笑)。
 

1988年

幸いに大学合格。しかし講義に出るよりも「アイソレーションタンク」や自説のこと、そして音楽活動で頭がいっぱい。クソマジメな学風をぶちこわすようなアロハにサンダル履きでキャンパスを闊歩し、昼間っからビールを飲んでは楽器の練習に明け暮れる。よって留年を繰り返す(笑)。
 

1991年

自説があまりに常軌を逸しているためか、先輩・後輩・同級生たちに誰一人として理解してもらえず悶絶の日々(笑)。
 
そんななかある友人から某宗教の勧誘を受けるも断るが、「自説は誰も理解してくれないが、相当数の人たちを信じさせている説とそのメカニズムとは何だろう?」と好奇心を持ち、それをきっかけにあらゆる宗教・思想の理論のリサーチも始める。
 
《この頃、人間の意志や意識の力と現実とのギャップ、集合無意識の個人への影響について知った。》
 

1994年

音楽関係の会社に就職。しかし、自分の「顧客満足度優先」「提案型制作」のポリシーが社風とは合わず、2年後全社員と大ゲンカの末辞める。
 
《この頃、いわゆる超常現象や霊障などが、思い込みと相互の干渉によって如何に、またどの程度まで現実化するのかを知った。》
 

1997年

某大手化学メーカーの研究所に勤めていたこの頃、過去世回帰療法を紹介したアヤシげな本に出会う。しかし、すぐに飽きてハマれず。
 

1999年

ある意識変容プログラムの存在を知る。意外に強力だったので3年ほど断続的に学んでいたものの、最終段階の中途半端さに失望。目が覚める。
 
《この頃、「気の持ちよう」がどこまで自分自身を変えられるか、また変えられないかを知った。この意識変容プログラムの考え方では自分は大きく変えられる可能性は増すが、他者や他者の自分への認識を変えることにはほとんど力がなかった。》
 

2004年

関西から上京して、IT関係やデジカメ開発の仕事をこなしながら3年が過ぎたこの頃、知人にアイソレーションタンクを保有している人を紹介される。
 
積年の念願を果たし装置に長期間入ることができ、ある一定の成果を得る。
 
そしてそこで一般的な「エネルギーワーク」「スピリチュアルヒーリング」を知る。
 
この時点では自分を変えることよりも他者の変容に興味があり、その手法がどういう理論やメカニズムによるものかをリサーチすべく参加・受講する。
 
《この頃、本当ははっきり分からないことを、全て分かっているかのように詳しく理論づけることで人がその世界観を共有し、集合無意識の働きを利用して現実に起こるかのような催眠作用を他者に与えることができてしまうという危うさを知った。実際にそういう手法を使っている個人や団体のやっていることは、現実の変化を体感するよりも現実逃避や妄想をさせた観が強く、悪から解放させるように見えて、その実はより一層、善悪二元論に囚われてしまうものばかりであると気づかされた。》
 

2005年

4月、たなべみちると共に「ひーる・おーる・りーぷす」を設立。
 

2006年

従来のエネルギーワークの「一旦悪いものを浄化してもまたしばらくすると浄化しなければいけない」というような全く根本的な解決にならない善悪二元論的ヒーリングの類いにほとほと嫌気が差していた頃、リコネクション®の開発者、エリック・パール博士のインタビュー記事と劇的に出会う。
 
即決でプラクティショナーになることを決意。日本でのセミナーがなかった草創期の頃なので、ほどなく渡米してフロリダにてセミナーを受ける。
当時、日本で数人しかいないレベル3プラクティショナーになる。
 
《この頃、自説はほぼ完成に。》
 

2007年

世界で50人(当時)ほどしかいなかったリコネクション®レベル4プラクティショナー/メンターという世界中のプラクティショナーたちへ指導できる資格を取得する。
 
以降、2010年12月までのリコネクション®関連セミナーではTA(指導講師)として参加。
 

2009年

自分の知識や経験をみんなに広く公開して利用してもらえるようにと考え、新たに右脳開発系(サイキック系含む)ワークショップの提供やコンサルティング活動を開始。
 

2010年

秋ごろ、リコネクションとは違う新しい量子的手法、リチャード・バートレット博士開発のマトリックス・エナジェティクス(以下、ME)に興味を持ち、その後、MEの書籍の1冊目の日本語版が出版され、日本での浸透に確信を持つも、リコネクション本部側の規約上リコネクションとの両立は不可能なため大いに悩む。
 

2011年

この年の元日に突然の啓示のような直観による心境の変化があり、全ての価値観が変わる経験をする。
そして、渡米を決意。
 
同年1月にフロリダにてMEのレベル1〜3を、3月にシカゴにてMEのレベル4を、5月にME認定プラクティショナープログラムを取得。
ME認定プラクティショナープログラム取得5日前の同年5月15日をもって、リコネクション®の指導資格(レベル4プラクティショナー/メンター/TA)を返上。
(この時点まで日本で一番長く指導に務めていました)
一般のレベル3プラクティショナーとしてセッションの提供は継続。
 
《その際、直接エリック・パール博士に対して「日本のリコネクション普及の問題点と改善案」の長文直訴文を提出すると同時に指導資格返上を宣言。そのケジメとして坊主頭になる(笑)》
 
帰国後、日本在住の日本人としては初のMEセッション提供可能者となる。
12月1日付けでME米国本部より許可を受け、正式に認定プラクティショナーとなる。
 

2012年

この年の2月よりオンラインワークショップの提供を開始する。
 
その後の4月某日、突然新しいヒーリングおよび活性化の新手法を思いつく。
実験の結果は非常に芳しく、次いで特別価格での試験提供をおこないさらなる確信を得て、R&B イニシャライゼーションの正式提供へと至る。
 
7月には、R&Bイニシャライゼーションの概念を応用的に用いた、個人の意識ではなく集合無意識に働きかける新手法CCBイニシャライゼーションを開発し、並行して提供を開始する。
 

2013年

7~8月、自らの体力の過信と不摂生と折からの酷暑による極度の脱水状態で重度の熱中症に陥り、生命の危険があると医師から緊急入院の勧告を受けるが、点滴と2本の注射だけで奇跡的に回復し、長期入院の予想に反してその日の晩に帰宅する(笑)。
その前の数日間、40度の高熱にうなされる中、「自由意志を尊重しながらもその制限を越える画期的方法」のインスピレーションを得て、量子的手法「FRPセッション」を開発し、病院で処置中に自ら実験し、帰宅後妻に手順を伝えておこなってもらい、すぐに体調復帰。即座に提供開始。好評を得る。
 
12月、トータルライフケア3ヶ月(6ヶ月)連続セッションという、当方の全ての手法を駆使してカウンセリングと量子的セッションを複合的に、格安で一定期間受けられるメニューを開始。
深刻な問題も、3ヶ月後にはNon-fear-base(非恐れベース)の考え方を理解できるようになられたために、カウンセリングする必要がほとんどなくなく自己解決できると笑う方が続出。
この体験の次期ワークショップへの応用が確定。
 
 

2014年

R&Bイニシャライゼーション以降に開発した手法の効果や経過がリコネクション、リコネクティブ・ヒーリング、マトリックス・エナジェティクスと同等もしくは上回ることが顕著なため、複雑なセッションメニューの断捨離(シンプル化)を目的として、この年の3月31日をもって、リコネクション、リコネクティブ・ヒーリング、マトリックス・エナジェティクスの提供を終了する。
 
 

2015年

 
主催するワークショップと非常に近いアイデアを豊富に含むアクセス・コンシャスネス®︎の情報が興味深く、以降アクセス・バーズ®︎をはじめとするクラスや、アクセス・コンシャスネス®︎のコアクラスである旧ファンデーション&旧レベル1などを受講する。 
 
 

2016年

アクセス・コンシャスネス®︎のコアクラスであるファンデーションの再受講や3Dayボディプロセスクラスなどを受講する。
 
さらにかなり精神的にゆさぶられ、プライベートではいろいろ失敗を重ねる(苦笑)
 
ひーる・おーる・りーぷすからの独立を決行するも、独立自体の意味がないことに気づき出戻る(笑)。
 
10月になり、ようやく気持ちが持ち直す(笑)。
 
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これから、どうなっていくか乞うご期待(笑)。